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カテゴリ:フォトアート/PhotoArt( 11 )
ボケ味を英語で boke という

英語の辞書にちゃんと載っている日本語由来の言葉は、tsunami, sayonara, sukiyaki, ijime 等々ありますが、boke も50年前から英語になっています。
boke = ボケ」とは、レンズ収差の問題なのですが、
焦点が合っていない部分がボヤけて写るあの現象です。
これをフォトグラファは醜い歪みとして捉えないで、美の表現に積極的に活用するのです。

本来の英語があるでしょうに、なぜあなた方は日本語の「ボケ」を使うの?と、
ある日、京都北山の植物園でボクはオーストラリアの写真家 Alastair Firkin にたずねたことがあります。
意外な答でした。

ブレを美しいものと捉えたのは西洋人ですが、
ボケを美しいものと捉えたのは
日本のアマチュア写真家たちです、と。


これに関係あるように思いますが、レンズの「明るさ」のおかげで「開放でのいいボケ味」を得られると期待する日本人とちがって、
欧米では、レンズの「スピード」という言葉で捉えて、
解放F値が少ないレンズでシャッタースピードが稼げると期待するのです。
もちろんある程度のレベル以上のフォトグラファーは、そういうこととは無縁ですけれど。

さて、この "boke" を徹底的に解説しているサイトをご紹介します。
ここをクリックしてください。

ここでは詳しく書きませんが、
最近ますます小型化してくるデジタルカメラのどうしても克服できない大欠陥の一つが
この「ボケ」が美しく出せないという問題です。
コストとかレンズの質の問題ではなくて構造上短い焦点距離しか取れないことに起因します。

NK自身のボケ活用例を3点:
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Syushinkan Restaurant, Kobe (2003), Pentax ist-D, Pentax-DA 16-45mm 1:4

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Hokongo-in Temple, Kyoto (1998), Contax Aria, Vario-Sonnar 28-70mm 1:3.5-4.5

by k7003 | 2015-08-06 05:50 | フォトアート/PhotoArt
フォトジェニック
この半世紀以上、いつも、いつも、ココに戻ってくるクラちゃん= NK です。

最近は、そう森山大道展を見て、Yoshi-Aさんと Hologonさんを毎日熟読して、生意気盛りの新進写真家の気炎を iPhoneの向こうに聞かないと眠りにつけない日々の連続で、またまた、ここに戻ってきました。

40年昔のボクを遠くから見ていたというあるフォトグラファからメールをいただいたこともあって、またまた、戻ってきました。

日本の政治家はみんな政治屋に墜ちたし、世界経済は破綻の一途をたどっているし、自分の黒い腹を肥やすことしか頭にない官吏が跋扈するし、吾にこそ正義ありと荒ぶれる輩が日本を底なしのクラーい国に引きずり下ろしているし、教育の荒廃は目を覆うばかりだし、小松左京もやしきたかじんもいなくなったし、色狂い芸人が雛壇に並ぶTV番組は、バリくだらんし、読みたい本は本屋の棚の1/1000程度もないし・・・ということもあって、
さて、さて、閑だし、またまたここに戻ってきました。

誰だか覚えていませんが、英語の中で一番好きな単語は locomotive だと言った文人(ネイティブだったか日本人だったかも覚えていません)がいました。
見ていい、発音していい、こんなに好きな英単語はない、と。

ボクは、
フォトジェニック(photogenic)という言葉がすきです。元の英語もカタカナ日本語も。

一般には「写真写りがいい」モデルなどのこととして使われていて、美容院の名前になったりしていますが、ボクには、もっと広義の「写真になる」、写友との会話では「絵になる」という意味です。

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ずうっと不思議で、未だに答えが出ない問題がボクにあります。
それは、
街角で、あるいは、美しい大自然の中で、キャンバスを立てて絵筆をふるっている画家がいますが、何を描写しているのだろうと、覗き込んでも、フォトグラファーとしては絶対にカメラを向けないような構図の「絵」なんです。
そういえば、有名な絵画のどれほどがフォトジェニックでしょうか?
ミレーの「晩鐘」か「落穂拾い」あたりなら、興奮にファインダー曇らせながらレンズ向けるでしょうが、レンブラントとかルノワールとかが描く絵の構図、ポンカメ月例なら「せっかくの被写体ですからもうひとひねりが欲しかった。平凡すぎてこれなら誰が撮っても同じ」ということで佳作でボツでしょうね。

なぜ? という問題です。

この「絵になる」という言葉は、しかしながら、どうも最近イヤになってきました。そういうフォトグラファーのこじんまりとした捉え方を拒否するパワーというかエネルギーというか存在感というかオーラというか、そういうものを発揮しながら、万物はあるのだ、ということに気付き始めたのです。
大きな反省です。大きな転機かも。

フォトグラファー主導の「作品創り」よりも、被写体をして語らしめよ、ということでしょう。これは写真の原点かもしれませんが、しかし、フォトアートの自己否定かもしれません(まだそんなこと言うてる?)

木村伊兵衛や奈良原一光や植田正治や細江英江は神とあがめても、土門拳の「室生寺」をどうしてもイイと思ったことのない、ディレッタントとしてのボクの若い頃がありました。アラーキーや森山大道がさっぱりわからないNKでした。

象徴的なボクの20歳代の作品を載せます。
「日本カメラ」か「フォトアート」しか相手にしなかった生意気盛りのNKでした。「アサヒカメラ」は優柔不断で、なんでもありで、なんでもなし、と無視していた(相手が無視していたって!)クラちゃんでした。
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Takarazuka, Osaka (1963) Nikon F, Nikkor 105mm 1:4, (f16 1/15
「日本カメラ」1963年7月号所載(月例第1位)
(佐藤 明 評) 作品の傾向が特異で、同じ関西の北村新一路氏と共に関西勢の一人としてがんばっているが、すごくモノクロームの世界のカラー表現に興味をもっていて、いい作品がある‥‥。どちらかというと小さい部分を追いつめて、デリケートな神経でまとめる才能がある。カラーの撮影条件のいわゆる悪い所で、かえってそれを利用して面白い効果を見せている。露出計の上での悪条件は、自分が撮りたいと思えば大きな障害となるものではないと思うのだが、その点この人の作品はいい例だと思う。
by k7003 | 2015-05-18 22:55 | フォトアート/PhotoArt
In Rust We Trust
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American Village, Nishi-Shinsaibashi, Osaka (Apr.2013)
Pentax K-5Ⅱs, smc DA 18-135mm (27-200mm equiv.) 1:3.5-5.6 ED AL(IF) DC WR
↑写真クリックで拡大表示します。
ココをクリック => Flickr で画像詳細展開。
ココをクリック => 500∞ で画像詳細展開。

アメリカのドル紙幣には、
アメリカの国是 "In God We Trust" が印刷されています。

by k7003 | 2014-09-05 05:13 | フォトアート/PhotoArt
小鳥を飛ばす
実際には3羽しか飛んでいなかった小鳥を、デジタルの後処理で20羽に増やす・・・こんなことがまったくチョイチョイチョイとできる時代になりました。

このこと自体を、ボクは、将棋・囲碁でいう「禁じ手」とは思いません。

どういう構図に切り取り、とういう瞬間にシャッター下ろすか、その時点ですでに、私たちは「したいようにする」ことをしているわけですもの。

なるべくならそうしたくない、やりすぎはいけない、また、やったことを白状すべきでない、など、いろんな思いは交錯しますが、ブログという気安さで、つい書きたくなりまして。

下の「寒がらす」は、1964年の日本カメラ月例1位で口絵を飾った作品で、もうご迷惑がかかることはないでしょうから、自分の宝物の思い出として、ここに初めて書きますが、あの川上緑桜さん(当時は川上緑郎)と太田安昭さんと3人で、大阪・富田林の雪の中を走り回って撮った原版に、当時はデジタルなんてありませんから、スクリーンに投影したスライド画像を重ねたりいろいろやって、鳥の数を「増やした」ものでした。ポンカメも、この作品に言及した他のカメラ雑誌(当時は他誌のコンテストも話題にしていましたね)も、このことに気づいていませんでした。

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「日本カメラ」1964年1月号所載(月例第1位)
(今井 寿恵 評) 風景写真でドラマのある作品は少ないものですが、これはヒチコックばりの鋭さと冷たさを色フィルターを効果的に用いながらうまくとらえています。偶然を自分のものにして写すということは、対象が大きいだけに成功しにくいものですが、場所といい、時といい、また適当な表現手段といい、よくそろったものだといえましょう。これは小手先でつくる造形性よりもっと強い意味を作っています。なんでもない風景が、こうやって倉谷さんの世界になってしまった写真の魔術を、私は楽しく感じました。なんべん見てもあきさせない良さがこの写真にはあります。

「フォトコンテスト」1964年2月号、カメラ雑誌月例コンテスト見立て:1月号各誌総合ベスト10
1位:「夕暮の名神高速道路」町田昇太郎(カメラ芸術)
2位:「寒がらす」倉谷直臣(日本カメラ)
3位:「ショー」太田安昭(カメラ毎日)
4位:「トラ」北口清保(カメラ毎日)
「寒がらす」は単純な構成が深い色とマッチして、一度見ると忘れがたいようなイメージをあたえる作品だ。しかもこれは確かに写真の手応えをもってうまれており、絵になりさがっていないからうれしい。

なつかしく思い出すのは、上のリストの2,3,4位が、すべて地懐社メンバーであったことです!
by k7003 | 2014-01-18 05:53 | フォトアート/PhotoArt
楽園への歩み
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Eugene Smith : The Walk to the Paradise Garden, 1946 NY

ユージン・スミス(1918-1978) の名作です。
アサヒカメラに載ったこの写真こそ、少年 NK を「写真の楽園」に誘うきっかけだったのです。
誘うどころか、ひょっとしたら、逆光に光るアメリカの子供の写真を撮りたい、そのために、アメリカに行かなきゃ、そのために英語をしっかり勉強しなきゃ、ぐらいの意味まで持っていたのです。
だから、この写真の現場、ニューヨーク・マンハッタンのセントラルパークを初めて訪れた時には、やっとここに来れたという感慨で、座り込んでしまったものでした。☆彡
by k7003 | 2013-10-17 04:10 | フォトアート/PhotoArt
猫・三景
桜の季節が終わろうとしています。
20年の昔(↓1と3)にフイルムに収めた、あの猫たちが、懐かしくて。
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Rokko, Kobe (1993), Nikon F3, Nikkor 200mm 1:4

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Koshien, Hyogo (2005), Sony DSC-T9, Carl Zeiss Vario-Tessar6.33-19.0mm 1:3.5-4.3

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Kodaiji Temple, Kyoto (1993), Nikon F3, Nikkor 200mm 1:4

↑写真をクリックしても、大サイズに展開しません。

***NK's PhotoArchive /FC2 での、」関連フォトへのリンクはここをクリックして下さい。
by k7003 | 2013-04-09 04:59 | フォトアート/PhotoArt
50年ぶりだ!
今日は、過去50年、やったことのないことをやる。
胸ドキドキ。(-_-)
たくさんの人と一緒の撮影会に出る。
半世紀の昔、出たばかりのオリンパス・ペンを手に北千里の万博予定地の大撮影会に出たのを思い出している。
(cf. 「NKと写真」
それこそ30年来の旧友わたなべさんに誘われて、今日は鶴見緑地でのオリンパス撮影会に行く。
考え尽くして、これを持って行くことにした。
胸ドキドキ。(^^)/
EP-3 に、パナソニックの新レンズを付ける。
(この写真を撮ったGX1にはオリンパスの新レンズが付けてみた。おもしろい時代になったものだ。)
いざ。
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by k7003 | 2012-01-15 07:45 | フォトアート/PhotoArt
ボクのモノクロ
今までおそらく10万枚オーバーの写真を撮ってきたNKですが、まだカラーがなかった少年期を除いて、白黒の写真を撮った覚えがないのです。モノクロの名作を鑑賞するのはとても好きなのですが、自分が撮るとなると、どうしてもカラー、それもネガカラーは興味持ったことがなく、ポジのスライド、ここ10年は、デジタル、ばかりです。

なぜこうなったのか?
はっきりしています。40年近くの昔、あの川上緑桜さんに導かれて(カラーの!)地懐社に入ったからでした。

でも、わずかにカラーを残しつつ、モノクロ的表現をねらった作品もあります。4点あげておきます。後になるほどモノクロに近い?
3枚目の山頂の羊の群れは、カラーで撮ったものでしたが、10年以上前の出来の悪いデジタイザーで、どうしてもフイルムの色を再現できず、やむなくセピアのモノクロに変えたものです。ケガの功名であればよかったのですが、どうでしょうか。
4枚目のボートは、最初からモノクロフィルム100パーセントで撮った、NKとしては珍しい作品です。

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Mt.Rokko, Kobe (2005), Canon EOS-20D, Sigma 18-50mm, 1:2.8 EX DC

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Lake San Marcos, CA, USA (2005), Sony DSC H1, Carl Zeiss 6-72mm 1:2.8-3.7

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Mt.Rokko, Kobe (1994), Nikon F3, Nikkor 50mm 1:1.4

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Osawa Pond, Kyoto (1996), Leica M6, Summilux 50mm 1:1.4
by k7003 | 2010-08-30 03:24 | フォトアート/PhotoArt
コンデジへようこそ
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Nada-hama, Kobe (2008), Lumix TZ5, DC Vario-Elmar 4.7-47mm 1:3.3-4.9 ASPH

プロの写真家として NK尊敬のリストのトップテンに入る、あの小滝達郎が、コンデジ(コンパクト・デジタルカメラ)を主要カメラとして最近また活躍しておられるのを、うれしく拝見したのは昨年の今頃でしたが、以後、続々と(好きな呼称ではありませんが)ハイ・アマチュアと呼ばれる方たちの間で、コンデジ見直しの機運が高まってきたように思います。もちろん、カメラメーカーの努力の成果として2年前の入門機とは大違いの高性能を持つに至ったことがあってのことです。

ペンタックスに、ズームレンズをヨシとせず単焦点の高級レンズを付けて、記憶に残る名作をたくさん提供してくださる、あの nori さんが、オサエとしてのカシオでなく、(赤瀬川原平の言葉を借りると)「脇差し」としてこのたびリコーに手を出されたのを記念して、やはり同じくコンデジで撮ってきた一枚を、一切の後処理なしにアップします。
ついでですが:

「後処理を加えていない」を、わが BlogMate の jorgenさん(スペイン)は、
'not photoshopped at all' という英語で表現されているのに、感心しました。

(追記)-2008/04/12
アメリカのどこかの(保存するのを忘れた)ブログで、
'the colors are PSed' という英語も見つけました。

なるほどなぁ。
by k7003 | 2008-04-11 20:09 | フォトアート/PhotoArt
ニッコールレンズが撮ってきた枯れ木
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1963年
【 燃えろ枯れ木 】 Nikon F, Nikkor 105mm 1:4
「日本カメラ」1963年4月号所載(月例第1位)
(佐藤 明 評) 白黒のネガとカラーとを合成した作品だが、こういった実験写真といった言葉で表される一連の作品が毎月数十点あるが、技術的なベースがしっかりしていないので失敗するものが多いなかで、倉谷氏の作品は技術もしっかりしているし、表現も自分の印象を素直に、またダイナミックに表現している‥‥。また合成の場合はえてして濃度のよしあしで作品のよしあしまで決まってくるものだが、そのバランスがよくとれているために成功した‥‥。倉谷氏の一連の作品を見ると、題材のもっている心理的なものをどういうふうに絵にするか、といった画面構成がしっかりしているので、それに伴う技術がうわついたものにならなかったということがいえよう。
(渡辺 勉 評 /「カメラ毎日」1963年5月号、各写真雑誌月例4月の話題作): 倉谷直臣の「燃えろ枯れ木」は、黒白ネガとカラーをモンタージュしてイメージの凝結をはかった技術的工夫を高く買いたい。

1999年
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Shiina-machi, Tokyo (1999), Nikon F100, AF-S Nikkor 28-70mm 1:2.8 D

2000年
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Maruyama Park, Kyoto (2000), Nikon D1, AF-S Nikkor 28-70mm 1:2.8 D

2006年
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Kobe Airport (2006), Nikon D200, Nikkor 18-200mm 1:3.8-5.6 ED DX
by k7003 | 2007-10-07 10:22 | フォトアート/PhotoArt